2012年10月09日

ブラウスと万華鏡

ビルみたいに大きな水槽
およぐ魚をながめていた

ゆらゆら

ひかりが差しこんで木の葉のように
雪のように舞いおりてくる

指さす先に幾千のうろこがきらめいて
白いブラウスに七色がおよいだ


(2012/08/09~2012/10/09 WEB CLAP)
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2012年08月08日

おかしのいえ

夢みたいって君がいう
そうだねと僕はこたえる

ひろいひろい世界のすみで
君と僕のふたりっきり



(2012/06/18~2012/08/08 WEB CLAP)

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2012年08月05日

Kiss22・首筋(瞬×羅依)

 髪を伝う汗が、真下にいる羅依の頬に落ちる。瞬は汗ばんだ互いの体を寄せあって、息を切らした。羅依は胸を上下させて荒い呼吸を繰り返し、泣きだしそうな声で名を呼んだ。何度も何度も彼女に呼んでほしくて、火照った唇を舐める。やわらかくて、あまい。
「喉、渇いたな」
「あたしも……。お茶、いれてくるよ」
 つまづきそうになりながら、腕からすり抜けて部屋を出ていく。瞬は簡単に服を着て、煙草に火をつけた。一口だけ吸って、あとはもみ消す。いつもは甘いはずの煙草がそれほど美味く感じられなかった。羅依がよかった。
 湯を沸かす羅依の後ろ姿を、しばらく遠くから眺める。しなやかに伸びた手足、ほどよい筋肉がある凛とした背中、幼さの残る腰、折れそうな細い首、どれも飽きなかった。いつまでだって腕のなかに留めていたかった。そう思うのは、叶わないからかもしれない。
 うしろから抱きしめると、羅依はすっとんきょうな声をあげた。
「びっくりしたー。声くらいかけろよ」
「ごめん」
 ふたりの汗はすっかり混じりあっているはずなのに、鼻先を肌へ押しつけるとあまい香りがした。瑞々しく萌えるような肉体と、ずっと蕾のうちに閉じこめてきた生命の滴りを感じさせる。いのちそのものの香りだった。
 首筋に顔をうずめて、痛いほどに抱く。羅依は嫌がらずに身をゆだね、頬をこすりあわせた。肌に宿る温もりは、たとえ終わりがきたとしても消えることがないように思われた。それほど揺るぎない生命の輝きだった。
 生きたい。生きていたい。そのために死地へ赴こうとするのは滑稽だろうか。
「お湯、沸いてきた」
「うん」
「瞬、泣いてる?」
「泣いてないよ」
 きつくした腕をゆるめる。解放とともに和らいでいく体がいとしい。
 瞬は祈るように、乞うように、不揃いな髪から覗く細い首筋に口づけた。
 明日を望む。その幸福感に瞬はそっと微笑んだ。

<首筋/執着>
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2012年07月11日

Kiss22・鼻梁(淳×実咲子)

 大学の合格通知と小さな箱を鞄へ詰めて、実咲子は家を飛び出した。バス停まで歩きながら淳へメールを打つ。
 ――いま家でたから梅田まで一時間もかからないと思う。
 送信してから、ひとつくらい絵文字をつければ良かったと後悔する。友人から「実咲子のメールはいつも怒ってるよね」と言われたところだ。しまったと思っているあいだに送信完了の画面になる。
「ま、いいや」
 坂をくだったところにあるバス停に、バスの鼻先が差しかかり、実咲子はアスファルトを駆け下りた。向かい風が強く、頬や鼻先が斬られそうに冷たい。道の脇には昨夜降った雪が水たまりになって残っていた。
 バスに揺られていると携帯電話が震えた。急いでひらくと、待っていたメールだった。
 ――あれ。なんか約束してたっけ?
「ええっ!」
 思わず声をあげてしまい、乗客の視線が一斉に実咲子へ集まる。実咲子は座席で小さくなり、頭を下げた。
 言いたいことが溢れて、指先が思うように動かない。こんなときに限って予測変換は実咲子の心を予測してくれない。何度も書き直し、何度も指をとめて、画面とにらめっこをする。
 ――通知が届いたら遊びに行こうって。合格してたらお祝い、不合格だったら残念会って言ってた、よね。昨日の夜の話だよ。とりあえず今どこにいるの。もうすぐ駅につくから、梅田でも河原町でも出られるし教えて。
 もどかしさと抗いながらメールを打ち終わるころには、バスはもう駅前ロータリーへ至る交差点に進入していた。定期がまだ残っているから改札は入れるが、どちらに向かうかでのぼる階段が違ってくる。どうにか絵文字を捻じ込んでメールを送る。しかし相変わらず返事はなかなかこない。やきもきしているうちにバスは駅前へとすべりこんで停まった。
 暑いくらいだったバスからおりると、風の冷たさがいっそう感じられた。買ったばかりのマフラーを巻きなおして、携帯電話を握りしめ歩く。
 どうして昨日の約束を忘れてしまうのだろう。どうしてすぐに返事ができないのだろう。どうして付き合おうなんて言ってくれたのだろう。
 改札をくぐるまでの短いあいだに、どうしてという言葉がいくつも実咲子の胸に降り積もり、切なさで溶けていった。一回り以上も年上の淳に追いつきたかった。だから何でもかんでもどうしてなんて、子どもみたいで訊けない。
 あとには薄汚れて黒くなった水たまりが残る。
 鞄から定期入れを出そうとして、うっかり取り落してしまう。すぐに拾いあげるが、お気に入りの白いケースは濡れた歩道で汚れてしまった。
「もう、やだ……」
 こんなことで泣きそうになる自分はもっと嫌だった。
 駅前のケーキ屋からチョコレート全品二割引の声が聞こえる。寒いのに店の前に机を出して客をさばいていた。実咲子は鞄に入れてきた小さな箱を思う。はじめて手作りしてみたが、無駄になるかもしれない。
 ふっと風が吹き抜けるように、手元から定期入れがなくなった。何が起こったのかわからずにいると、すぐそばからくすくすと笑い声がした。
「みさちゃん、ほっぺたにも汚れついてるで」
 振り返った先には、何事もなかったように微笑む淳がいた。
「なんでこんなとこ汚れるんな。えらいぬくたぁなってるし」
 すっかり冷えきった指先で頬をこすられ、実咲子はようやく我にかえった。
「先生、どうしてここに」
「だって約束してたやん」
「でもさっき、忘れたみたいに言って……」
「ああ、あれな。待ち合わせ場所、僕が思ってたのと違ったみたいやから」
 淳は定期入れの汚れを袖で拭っていたが、落ちないと呟いて中身だけを実咲子に持たせた。
「合格おめでとう」
「え、まだ何も」
「そんなん、顔見たらわかる。よかったな」
「うん……、ありがとう先生」
 その笑顔が見たかったのに、目の前にすると恥ずかしくなってきちんと目を合わせられなくなる。
「あのね先生、今日――」
 チョコレートの入った小さな箱を取り出そうとすると、その腕を掴まれた。向かい風のような口づけが鼻先を掠めていく。
「ほっぺたも鼻も真っ赤やん。今日はほんま寒いなあ。不合格やったら寺かな思ってたけど、受かってたしどっかあったかいとこ行こか。なあ、みさちゃん」
 実咲子は涙目になりながら、唇を引き結んでうなずいた。淳はいたずらっ子のように笑って改札の向こうへ行ってしまう。
「ほら。はよおいで」
「うん!」
 触れた鼻先を指で撫でて、実咲子も淳を追って改札を越えた。

<鼻梁/愛玩>
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2012年07月07日

Kiss22・手首(凍馬×瞬)

 馬や家畜の世話は凍馬の仕事だった。動物たちの眼差しはいつも優しく、毛艶や乳の量で凍馬の語りかけに応えてくれる。治癒術で姉に劣る凍馬には何よりのやりがいだ。生き物の息遣い、噎せるような草のにおい、汗をさらっていく風の冷たさ、それらの静かな労りが好きだった。
 だが数週間前から、凍馬の周りは騒がしい。
「なあ凍馬、干草ってどこにあるんだっけ」
 原因は呼び声のあるじにある。
 干草の場所は昨日きちんと教えたし、そこに無い場合はどうするかも伝えた。聞いていない彼に非がある。凍馬は悪びれた様子のない声を無視して、愛馬の体を拭いた。
「なあー、凍馬ー。どこーどこどこどこー」
「あーもう、うるさいっ!」
 持っていた布を地面に叩きつけ、凍馬は厩のおもてへ出る。そこには羊追いの犬と戯れる、凍馬と同じ年頃の少年がいた。飛びついた犬に顔中を舐められながら、彼はきゃっきゃと笑い声をあげている。凍馬の気配に気づく様子もない。
「瞬!」
「あ、そうそう干草どこだっけ。それとも凍馬が持ってきてくれるのか」
「昨日ちゃんと教えただろう! なんで覚えてないんだよ」
「えーっと、そう……だっけ」
 萌ゆるような新緑の瞳を歪ませ、瞬は視線を逸らした。またかと凍馬は黙り込んだ。
 凍馬が瞬を見つけて連れ帰ってきたとき、彼はもう虫の息だった。目立った外傷はなかったが、生きるために必要な何かが明らかに欠けていた。瞬は熱に浮かされながら何度も繰り返し殺してくれと乞うた。琉霞の手により危機は脱したが十日ものあいだ意識が戻らず、ようやく目覚めたと思えば記憶や意識が混乱した状態だった。ある日はひどく落ち込んでいたかと思うと、翌日は別人のようによく喋りよく笑う。記憶は飛び飛びになり、ひどいときには天水の共通語を話せないほどだった。
 琉霞は心に傷を負ったのだろうと言った。瞬に何があったのかはわからないが、龍羅飛を襲った悲劇を思えばそれも仕方ないのだろう。彼の奇行には目を瞑り根気強く付き合ってやるしかない。
 凍馬は犬を引き剥がし、寝転がる瞬に手を差しだした。
「一緒に行くよ」
「ありがとう」
 薄茶色の前髪ごしに瞬が笑う。あまりにきれいに微笑む。凍馬は腹の底から湧きあがる衝動をぐっとこらえ、力いっぱい瞬を引き起こした。顔を見られないように先を歩く。踏み出す一歩が心を映して重くなり、手首に巻いた術式用の金具がしゃらしゃらと鳴った。自分は一体どうしてしまったのか。彼が目覚めてからずっと問いかけ続けている問いを今日も繰り返した。
 厩の裏手にある倉庫を開ける。
「鍵は厩の――」
 振り返りながら話しかけると、腕の下を何かがすり抜けていった。
「気持ちいいー!」
 うずたかく積まれた干草めがけて瞬が飛び込んだ。ぼふっと音がして、細かな草が舞い上がる。うっかり吸いこんでしまい、凍馬はむせた。それを見て、瞬がけらけらと笑う。
「笑うなよ!」
 瞬がしたように干草へ体当たりして、あたり構わず撒き散らした。二人でむせて、二人で笑った。
 不意になまぬるい風が吹きこんだ。屋根がぽつりと鳴る。すぐにざっと雨が降り出した。
 開け放したままの扉から、地面で跳ねた雨が入ってくる。凍馬は慌てて起き上がり、瞬の手を引いて外へ出ようとした。
 しかしその手をはねのけられる。
「何してんだよ。とりあえずここから出よう。せっかくの干草が湿ってしまう」
「いやだ」
「わがまま言うな」
 扉を閉めきると窓のない小屋は薄暗く、濃すぎる干草のにおいが凍馬はあまり好きではなかった。
 凍馬はあらためて瞬の腕を掴んだ。
「いいから行くよ」
「嫌なんだよ、ずぶ濡れになるのは!」
 しゃらん、と金具がこすれあう。
 瞬は激しく腕を振り払い、干草に潜ってしまった。凍馬は舌打ちをして、小屋の扉を閉めた。壁の隙間からかすかに光が差しいったが、しばらくは目が利かなかった。
 草のにおいが煙のように隅々まで充満していく。そのにおいのなかに、凍馬は異なる生臭さを感じとった。やがて夜目がはたらいて、ぼんやりと物の輪郭が浮かび上がる。
「瞬」
 視線の先には干草に埋もれて震える瞬がいた。ゆっくりと腕を伸ばして肩に触れる。近づくと血のにおいが鼻をついた。
「どこか怪我したのか」
 問いかけてから、ついさっき響いた金具の音を思い出す。金具に触れると、ぬるりと濡れていた。
「ごめん、瞬」
 彼の肩から手探りで腕を持ち上げる。暗がりでも黒い血がわかった。傷はそれほど深くないが、薄く大きく肌が裂けていた。
「ご、ごめん瞬。大丈夫か、いまから治してやるから」
「いらない」
「え」
「そんなに痛くないから、別にいい」
 体が小刻みに震えて、瞬は泣いているようだった。
 雨は降り続いている。ときおり雷鳴がとどろいた。そのかげで瞬が嗚咽をもらした。
 ずぶ濡れになって草原で倒れていた瞬にとって、どしゃ降りの雨は針のように刺さるのかもしれない。
 どくどくと脈打ちながら、傷ついた瞬の手首から血がこぼれていく。白い肌を伝って、凍馬の指先を濡らしていく。瞬の体を巡っていた血で、濡れていく。
「わかった、治さない」
 そのかわりと付け足して、凍馬は瞬の手首に吸いついた。流れ出る血をすべて舐めとっていく。舌先にまとわりつく温もりで、背筋が震えた。自分のものではない血の味に眩暈がした。この血と交ざりあいたい。そんな衝動を必死に抑え込みながら、丁寧に血を拭った。
「凍馬……?」
「こんなの舐めとけば治るよ、すぐに」
「うん、ありがとう」
 薄闇にありながら彼の美しさだけは鮮明で、凍馬はしばらく雨がやまないよう祈った。

<手首/欲望>
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2012年07月05日

Kiss22・指先(清路×果南)

 夜通し続いた会合を終え、清路はひとり本館へ向かった。雲に覆われた夜空はほのかに明るみ、絆景をやわらかく照らしはじめた。沈んでいた夜がぼんやりと浮かびあがり、朝に召されていくようだった。
 明るい夜明けは天水の叫びだ。同じ時間を繰り返し、変化を奪われ、光を亡くした世界は、夜のあいだに闇を吐きだし最後に慟哭を放つ。人々はその嘆きで目覚めた。
 ゆるやかに壊れていく世界が、清路にはいとしかった。何事もなく平穏であるよりずっと、世界との距離が近しい気がしていた。とても人間くさい世界だった。だからこそ愛し、守り、どこかでひどく嫌悪していた。
 冷たい風が吹きつける。光があまりに眩しくて、凍りついてしまいそうだ。
 絆清会の本館は人の出入りがほとんどない。清路の私邸のような場所だった。門をくぐり、屋敷の扉をあける。中からはほんのりと花の香りがした。廊下の隅で香が焚かれている。そばには世話係の女の姿があった。女は清路に気づいて深く頭を下げた。
「おはようございます、総統」
「珍しい香りだな、どうした」
「はい。梅詩亭の殊来鬼が」
「ああ、彼女か」
 詩桜の顔が脳裏に浮かんで清路は笑みをこぼした。香りなら果南に届くと思ったのだろう。気が強く頑固な少女だが、それに負けないくらいの優しさを持っていた。
「昼過ぎにでも、梅詩亭に花を持っていってくれ」
「わかりました。どんな花を」
「君の好きな花でいい」
 女は意図を理解したのか、静かにうなずいた。絆清会の総統として恥じない花を、きっと彼女は届けてくれるだろう。今日はもう帰るように言い、清路は階段をあがった。
 極彩色の窓硝子に光が透けて宝石のように輝く。涙のかたちをした青い硝子が朝に濡れた。
 階段から繋がるひとつきりの部屋へ入る。一分の乱れもない部屋は、時が止まってしまったようだった。いや、本当に止まっているのかもしれない。ただ、香りだけがいつもと違った。華やかで甘く、あたたかな温室のようだ。
 窓を背にして座る少女の縁を光がかたどっていく。清路は少女の足元に膝をついた。
「おはよう、果南」
 少女から返事はない。眉ひとつ動かない。清路はわずかに目を伏せた。あの日涙を見せた果南だったが、あれから呼びかけに応えたことはない。いつでも期待を捨てることはできたが、清路はあえて何度も繰り返し落胆した。
 責任感や罪悪感は当然ある。総統としての立場を考えると、彼女の世話をするのは身内の結束と信頼感に繋がる。しかしそれらは本質ではない。清路にとっては枝葉でしかなかった。
 果南のひとつきりの手をとる。指先まできれいに手入れされた手の甲はなめらかで、手のひらも赤ん坊のようにやわらかい。事件の前までは働き者の手をしていた。恥ずかしそうに手を隠していた、豊かな表情が忘れられない。
 自己愛なのだろう。同じように絆景という街で生きた、過去の自分を重ねている。清路は果南のように四肢を傷つけられることはなかったが、目に見えない傷をいくつも負った。誰にも見つからないように隠して、隠すことからも逃げて、まるで自分は傷つかない強い人間のように振る舞った。己の本意など、夜明けの刹那ほどしか残されていない。
 歩んできた道がすべて嘘とは言わない。だが自分にすら嘘と真実が見分けられないことはたくさんあった。そんな中、果南は常に清路に真実を見せつけてくれた。これがお前の弱さだと、無言で突きつけてくれた。それは少女の強さだった。
 清路は願う。果南がいつか笑いかけてくれることを、そして果南がいつまでも無言を貫いてくれることを。
 握った指先に唇を寄せる。その強さをわけてくれと静かに乞う。
 夜が明け、空には灰色の雲が広がっていた。清路は上着のなかの小さな箱をたしかめた。中には龍眼が入っている。
「行ってくるよ」
 英雄の嘘と真実、その狭間を見極めに。天水の嘆きの淵を覗いてこよう。
 清路は甘い香りを断ち切るように煙草に火をつけた。

<指先/賞賛>
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2012年06月26日

Kiss22・頬(詩桜×由稀)

「いたっ」
 道でつまづいた詩桜が立ちあがり際に声をあげた。由稀の手を掴んで立ってはいるが、明らかに片足をかばっていた。
「もしかして挫いた?」
 由稀は足元にかがみこんで、詩桜の細い足首に触れる。顔を見あげて様子を窺うが、返事は曖昧だ。こういうとき、詩桜はたいてい意地を張っている。
「しょうがないなあ」
 肩に乗っていた手を取って、由稀は強引に詩桜をおぶって立ちあがった。予想通りぎゃあぎゃあと後ろから悲鳴がした。由稀の両手が塞がっているのをいいことに、頭をポカポカと叩いてくる。
「や、やめっ」
「おろして、おろしてってば!」
「はいそーですかとおろしたところで、そんな様子じゃ歩けないだろ」
「いいもん、歩けないなら走って帰る」
「パンがないならお菓子をじゃないから……」
 呆れながらも根気強くおぶって歩いていると、先に詩桜が折れた。すっかり大人しくなって、眠ってしまった子のように動かなくなった。
「詩桜、起きてる?」
「こんなとこで寝ない」
 その声はわずかに上ずっていた。寝てたんだねとは口に出さず、隠れて微笑む。
「ねえ由稀」
「なに」
「由稀はいつもこんな高さから見てるのね」
「え」
 振り返ると、肩のすぐそばのところに詩桜の顔があった。頬がこすれあう。しばらく詩桜の次の言葉を待っていたが、彼女はじっと黙ったまま前を見つめているようだった。
「そうだよ」
「なるほど私と話すときにむかつくくらいしゃがむのも理解できた」
「なんだそれ」
 詩桜の表情が見えず、彼女が本当は何を思っているのか由稀にはわからなかった。だが不安になることはなかった。言葉がなく、顔を見ることができなくても、背中はあたたかく、前へ回された詩桜の両腕がしっかりと由稀の胸元を掴んでいてくれる。それだけで、言葉で聞くよりずっとたくさんの詩桜の気持ちが伝わってくる。
 言葉は安心する。だがそれは不安を呼ぶ。
 言葉がなければ不安になる。だがいつか必ず温もりだけで信じられるようになる。
 博路には今日も変わらない日常が流れている。由稀にはそれが何よりうれしかった。子どもたちが声をあげて駆けていくのを見やる。手を振ってくれるのに、笑顔で応える。
 ふと、うしろから何か声がした。
「詩桜?」
 呼ばれた気がして首をかたむけると、頬に咬みつかれる。口づけだとすぐにわかった。
「へたくそ」
 由稀は頬をすり寄せて笑った。

<頬/親愛・厚意・満足感>
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2012年06月20日

Kiss22・爪先(レイ×フィオ)

 神など信じていなかった。救いを求めることもしなかった。自分を律し、突き動かせるものはただひとり、自分のみだった。目に見えない、触ることも、気配を感じることもない神に頼るのは弱さだと思っていた。
 それは正しくもあり、間違いでもあった。
 血のにおいがする絨毯に寝転がり、ソファに座る少年を見あげる。
 そこに神がいた。
 何も纏わず白い肌を惜しげもなく晒し、彫刻のようになめらかな脚を組み、頬杖をついて微笑みながら貪欲にレイの眼差しを受けとめている。腕を伸ばして足に触れると、くすぐったいのか金の髪を揺らした。
 氷のように冷えきった足。子どものころ握った手もそうだった。だがその奥には身を焼きつくすような熱がある。あまりに冷たく、火傷しそうだ。
 身を起こし、這うようにして足元へ寄る。腹這いのまま、青い血が流れる足の甲へ額を重ねた。支えている腕の傷が鈍く疼く。澱みきった血が鬱々と滲み出る。それでも祈りをやめなかった。
 神に頼るのは弱さかもしれない。だが神に縋るのは懺悔と生きる意志ゆえだ。
 何よりこの神は眼差しを向けて、触れて、愛してくれた。
 これでもう何も心配することはない。心細く思うことはない。ここに安住の居場所がある。
 夜のなかで色を失った爪先に口づけて、レイは白く凍りそうな息を吐いた。

<爪先/崇拝>
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Kiss22・瞼(フィオ×レイ)

 抱きしめあってひとつのベッドで眠っていると、子どものころに帰ったようだった。窓から差し込む満月の光に照らされて、レイの薄い頬が色を失くす。フィオはレイを起こしてしまわないようにゆっくりと腕から抜け出し、枕に頬杖をついてレイの寝顔をじっと見つめた。
 他の色彩を寄せつけない黒い髪、淡い日焼けが残る肌、あたたかなまま乾いた唇、骨ばった指先、どれもこれもいとしい。
 そっと耳を撫でる。人差し指を喉元へとすべらせていく。鼓動と呼吸と血潮が感じられた。生きている。生きたまま閉じこめた、フィオの大切な大切な宝物だ。
「レイ」
 小さく呼びかけると、応えるように瞼が震えた。だが目覚めることはない。深い眠りの奥底にまで届くようにフィオはレイの服の下へと手を差しこんだ。
 目覚めて。
 気づいてほしい、愛してほしい。そして最大限の愛情を注がれながら、それ以上の眼差しでレイのすべてに気づき、殺すように愛したかった。
 指先で触れているのが幸せで、フィオは目覚めないでと声にせず乞う。眠りのうちにあってもフィオを愛してくれるレイがいた。眉が苦しげに歪められる。フィオは手を離した。
 目覚めないで。
 ふたりきりでいたいから。
「だいすき、だいすきだよ」
 鼻先を頬へ押しつけて囁く。ふたたび落ち着いた呼吸をたしかめて、フィオはレイの瞼へ唇をおとした。唇と同じくらいやわらかな瞼の向こうを奪っていく。
「僕だけのレイ」
 幼い胸にうまれた炎は、いまもまだ青く静かに燃えていた。

<瞼/憧憬>
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2012年06月17日

冒涜

そうだろうそうだろう
ぼくには歪みがないだろう
そうだろうそうだろう
ぼくには澱みがないだろう
どこまでも張りつめた糸のように
震えることすら許されない
きみがそっと指をかけると
草をむしるような音をたてて
けばだった命がちぎれていく
まっすぐ澄みきったぼくの眼差し
ただきみだけが汚していく



(2012/04/30~2012/06/17 WEB CLAP)

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