2014年09月13日

おまもり

【白と黒のロンド/青のフラット】

どこからこれだけの人が集まってくるのだろう。街のなかに包まれるとサカキはいつも不思議に思っていた。自転車がベルを鳴らしながら走り、その横をバイクと車がすり抜けていく。人々は喧騒のなかで思い思いの時を生きていた。自分もまたそのうちの一人だということが、無性に嬉しくなる。

観光客向けの商店は極彩色のネオンを掲げて、まるで小さな遊園地のようだった。どれもガラクタのようなものばかりだが、小さなストラップを見つけて思わず足をとめた。隣を歩いていたナルオミが数歩先で気づいて振り返る。「どうした」「ああ、ちょっと待っててくれ」サカキは店に入った。

古ぼけたカゴにストラップが盛られていた。「おまもり…」ため息のようについ声を洩らすと、店主は外国人がきたとよろこび、すり寄ってくる。片言で話しかけられるのが面倒で現地語で返すと、急に笑顔がなくなった。「これ、いくら」「書いてあるだろ」「高すぎる。いくら?」

重ねて問うと店主は半分でいいと言った。その場に紙幣を置いて、また雑踏へ戻る。煙草に火をつけて、深く吸い込んだ。見上げた夜空は地上の明るさにすり減っていた。そこへ煙を吹きかける。旅行者と思しき集団が電飾の街をカメラにおさめていた。はしゃいだ彼らとぶつかる。まだ若い女だった。

「あ、ごめんなさい」「どういたしまして」彼女はサカキから発せられた流暢な母国語に驚き、はにかみながら頭を下げた。その仕草が海の向こうで暮らす女とよく似ていた。「写真か。おまえは絶対に撮らないだろうなあ」話しかけても、ナルオミはちらりと視線を返すだけだ。

撮らないなら、撮ってやればいい。サカキは携帯電話を取り出して、ナルオミを呼んだ。いつもどおりちらりと振り向くその瞬間を、自分の姿とともに画面に切り取った。「なんの真似だサカキ」「送るんだよ」「だれに」「…おまえも知ってる女」「ああ…」彼女はちょうど仕事が終わる頃合いだろうか。

メールに一言添えようかと思ったが、伝えるべき言葉が見つからない。サカキは写真だけを添付して送信ボタンを押した。ポケットにしまうとき、指先にストラップが触れた。明日は封筒を買おう、そう思った。
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2010年09月03日

別離

僕らが違う夢を追いかけていたなら
きっと今日はこなかった

もう二度と出会うこともなかった

再会は雪空の路地で
君はそれよりずっと静かな目をして言った

「他になかったんだろうか」

僕は銃の重さに耐えかねて腕をおろす

せめて銃弾だけこの体に残して
行って
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2010年09月02日

胎動

どくん、どくんと音がする

生きてるって
こういうことか

動かない指先を思いながら
瞼の外の暗い世界を眺めやる

何を失ってもいい

けれどいつか見たあの夢だけは奪わないで

「準備はいいか?」

さあ
このトンネルを抜ければ
僕はまた生まれ変われる
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2010年09月01日

境界

空と海とはいつだってすごく近く見えるのに
彼らは決して交わらない

そうやっていつも互いを見つめ合いながら
縮まることも開くこともない距離を楽しんでさえいる

その距離こそが彼らだけの秘密の境界

僕と君との指先のように
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2010年08月31日

夜風

あなたがわたしの髪を梳き
頬を撫で
くちびるをなぞって
強く抱きしめる

囁きは耳朶をくすぐって
胸は高鳴り
吐息が洩れた

「なぜ行ってしまわれたの」

ただ優しいばかりのこの夜風は
まるであの日のあなたのよう
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